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にしさん、

西さんと一緒に歩いていた。寄り道なんかしなくてただ家まで一緒に歩くだけなんだけど、あたしは、西さんと一緒にいるだけで幸せだから、その時間がすごく好き。でも、西さんは楽しいのかな。あたしには分からない。西さんが、何を考えているのか。

「西さん、」
「なに?」
「西さん、いま、なに考えてる?」

西さんは、なにかを考えていた。何と答えるか悩んでいるようだった。(そのとき何を考えてるのか知りたいんだけど)そして、あたしを見て、言うか迷っているみたいな顔をした。(だから、そのとき何を考えてるのか知りたいんだってば)西さんのことを見つめてみる。西さんは、困ったときの顔をした。

「西さん?」
「……じゃあ」
「?」

西さんが、あたしのことを見ている。あたしは、返事を待っている。

「あなたは、何を考えているの?」

あたしは、西さんの目から逃げた。顔を逸らしただけなんだけど、反射でしちゃったから、もう西さんの顔を見えない。タイミングが分からない。そうか、あたしは何を考えているんだろう。「西さんのことで頭がいっぱいだよ。」かな。西さんのことが好きって、前に言ったよね。じゃあ、伝わってるはずなのに。それなのに、西さん…あたしの気持ち、分かってないの?大好きだって、分かってくれてないの?

「あ、あたしは、西さんのこと、ばっか、」
「私の何を?」
「に、西さん、の、」

あたしは、西さんの何を考えているんだろう。

にしさん、にしさん、

あの質問のあと、あたしはずっと何も言えなくて、西さんも、何も言わなかった。家に着いたとき、「また明日」と言葉を交わしただけだ。なんて気まずい。家に帰ってからは、ずっと西さんの事を考えていた。でも、明日の朝、目が合ったときに、なんて言えばいいのか考えてただけだった。西さんの機嫌を損ねないようにしているのかもしれない。はやく気に入られようと、一番になろうと、必死だ。

(なんで)(こんな考え方しか)

寝る直前、西さんのどこを好きになったのか、思い出そうと頑張った。西さんのどこに惹かれたのかも記憶にない。でも、確実に、西さんの何かが、あたしの心を奪っている。西さんのことで、あたしの頭は、いっぱいなんだ。西さんがしたことを、ひとつも漏らさず記憶しておきたいくらい、西さんに夢中なんだ。

(でも)

この気持ちをどうやって伝えたらいいのか、あたしには分からなかった。特に理由もなく、ただ惹かれてるなんて、聞かされても困るだろうし。

(つらいなあ)

なんだか、生殺しの状態に似ていると思った。苦しい、だけだと。

にしさん、にしさん、にしさん、

学校で西さんと会ったとき、西さんはあたしを見つけて、おはようと言った。あたしは、ちゃんと返した。気まずいと思っているのはあたしだけかもしれない。席について、ぼーっとしてみる。西さんはいま、何をしているんだろう。(そっちを見る勇気もなくて、)こんなに西さんの事を考えているのに、やっぱり伝わってないんだと思うと、また悲しくなってきた。昨日ああいうやりとりをしたのに、平然としていられるの?西さんのことで頭がいっぱいだよ、あたしを嫌わないで西さん、だって西さんのこと好きなんだもん、ぜんぶ好きなんだもん、

授業中は一度も、西さんのほうを見なかった。お昼ごはんは一緒に食べた。あまり会話が弾まなかった。(いつものことかもしれない)こうやって冷静になってみると、西さんがあたしに興味なんてないっていうのが、嫌でも分かる。思い知らされる。そんな時間だった。いつも、楽しかったのは、あたしだけだったんだ。

すごく、苦しい。

一人だけで楽しがっていたころの、昨日までの自分を思い出す。西さんがどんな顔をしていたのかさえ思い出せなくなっていた。笑っていた?楽しんでいた?あたしのことを見ていた?他のところを見ていた?他の子を見ていた?あたしに興味はあった?あたしに好意を抱いていた?どうでもいいのかもしれない。

すごく、すごく、苦しい。

帰るとき、とても気まずかった。西さんにとってはそれほどでもなかったかもしれないけど、あたしにとってはもう、西さんの隣にいるのに、心が痛かった。西さんに嘘ついてたみたいで、ずっと痛かった。「好き」って言っておきながら、実は全然そうじゃないのねって、西さんの声が聞こえた。(西さんの唇は動いていないから、幻聴なんだろうなあ)(そう、信じたいなあ)しばらく経ったら、横顔をずっと見つめていたあたしに気付いたみたいで、西さんが、あたしの方を見た。目が合った瞬間、あたしは、視界から、西さんを消した。顔を背けるのが癖になってしまっているみたいだ。そんなの、嫌なのに。ずっと見ていたいくらいなのに。

「ねえ」
「!!」
「……そんな反応しなくていいわ」

西さんに愛想をつかされちゃったと思って、そんなのは嫌だ、と西さんを見た。西さんは、笑っていた。微笑んでいた。西さんの考えが分からなくて、つい、顔を見つめてしまう。西さんが、その視線に気付いて、また笑う。まだ、意味が分からない。西さんは、あたしを見て、言った。

「あなたは、私のどこを見ているの?」
「……えっ」

西さんは、返事を待っているみたいだった。昨日の、続き?ああ、結局まだ、答えは出ていない。そもそも、答えなんてないのかもしれない。なんとなく、ただなんとなく、西さんに興味を持って、惹かれて、こうやって、一緒にいる。こんなの、文章にならない。あたしは、それでも伝えなきゃと、西さんを見た。答えを待ってくれている。あたしは、必死に、言葉を紡いだ。文章になってなくたって、伝わらないよりはましだと思って、思っていることを素直に話した。西さんは、ところどころに相槌を打ちながら、聞いてくれていた。

「だ、から…」
「…ふっ」
「?」
「あはははは」

突然、西さんが笑い出した。意味が分からず首を傾げた私に、西さんが、ごめんと謝る。なに?からかわれているのかもしれない。西さんの返事を待つ。

「ごめんね、今まで、からかわれているんだって思ってた」
「えっ?」
「冗談だと思ってた」

その反応のほうが、あたしをからかっているみたいだって言うと、西さんは、笑うのをやめて、顔を背けながら答える。

「恥ずかしいから、茶化そうと思って笑ったの」
「……!」
「真面目な話なのに…ごめんね?」

そう言っている西さんを横からばれないように覗き込むと、微かに、頬が赤くなっているような気がした。何故かドキッとしたあたしは、見てはいけないものを見てしまった気がして、すぐにもとの体勢に戻る。そうなんですか、と呟くと、今まで気付かなかった、頬どころか、あたしは、顔が全体的に熱い。俯いて、それを隠そうとすると、西さんが、こっちを見た。

「まだ、答えてなかったこと」
「え?」
「私はずっと、あなたが何を考えているのかを考えていたの」

それを聞いて、また上がっていく体温。ああもう熱い、焼け死んでしまいそうなくらい熱い。西さんがやわらかく笑うのが、視界の端に見えた。あたしも、精いっぱい笑う。西さんは、嬉しそうな顔をしていた。あたしは、とても嬉しかった。こんなにも思ってくれている、ああ、あたしは知らないうちに、西さんの、こういうところに惹かれていたのかもしれない。

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